"「今の制度では、食品の価格は全体としては低く抑えられていますが、健康的で質の高い食品の生産には補助がほとんどありません」と、世界の食料問題に詳しいラジ・パテルは話す。「野菜や果物を食べるように働きかけるだけでは、問題は解決しません。本質的には、賃金の問題であり、貧困の問題なんです」"

rabbitboy:

虹裏 img なるほど

14/07/28(月)13:13:06 No.250491831 del

なるほど

114/07/28(月)13:14:28 No.250492022 del+

絵を見てむ!
文を見て納得
そしてアイコン見て駄目だった

13 14/07/28(月)13:24:36 No.250493280 del +

男が履く網タイツ描かせたら世界一だろう
"タモリは、「自分」とは何かというところから説き始める。
たとえば「会社の課長」「芸能人」「妻がいて子供が二人いる」「友達が何人いる」といった、現時点での 自分自身の“状況”を横軸とし、「親は医者」「家系」「叔父が不動産業界にいる」「子供が東大生」など、自分の周囲の人間が持つ“事実”を縦軸とする、と。
この横軸と縦軸が交差したものが「自分」であるとタモリは言う。

「そうすると、自分というのは一体何か、絶対的な自分とは何か、っていうと、わかんなくなってくるわけですね。それだけこういう、あやふやなものの中で自分が成り立っている」

そんな「自分」を成り立たせている横軸も縦軸も「余分なもの」であり、それを切り離した状態を、タモリは便宜上「実存のゼロ地点」と名付けた。
そしてタモリは「人間とは精神である。精神とは自由である。自由とは不安である」というキルケゴールの言葉を引用し、それを解説していく。
「自分で何かを規定し、決定し、意義付け、存在していかなければならないのが人間」であり、それが「自由」であるとすれば、そこには「不安」が伴うと。
この不安をなくすためには「自由」を誰かに預けたほうがいい、と人間は考える。タモリは言う。

「人間は、私に言わせれば『不自由になりたがっている』んですね」"
"所ジョージ
所さんの家で遊ぼう、という番組で、遊ぶだけ遊んで片付けない芸人に
「片付けはめんどうなことじゃなくて、次にまた楽しく遊ぶための段取り」
と言いながら、自分で日曜大工の後片付け(道具洗ったり)をしてた。
偉い人だなあ、と思った。
"
"年収800万円払っても割に合うような優秀な社員を年収600万円で抱えている会社は、その社員と同じスペックの人材を年収600万円で採用しようとするので、いつまでたっても優秀な人材を採用できない。既存の社員に正当な報酬を払わないと、会社は人材を確保できず、成長もできないのはこれが原因"
"赤ワインを適量飲むと体にいい、というデータが出たので、ワイン産出国もお酒の会社もみんな大喜びしたのです。ところが、年齢・性別など多くの因子についてはきちんと標準化していたものの、「赤ワインを行儀良くたしなむ人」はそもそも生活レベルが高いということを、統計学者が失念していました。"
"アイカツやってるお兄さんはアイカツおじさんって呼ばれてるけど、レベルファイブの流れで妖怪ウォッチ見始めたお姉さんはどうなるの? 妖怪ババアなの?"
"

MOTHER2:マジカントにいる雪だるま


「ぼくのことを覚えててくれてありがとう。」
 
「ぼく、君がむかし好きだった女の子の名前知ってるよ。」
 
「冬の日に遊んだね。ぼくはとけて消えてしまったけれど
 君の思い出の中に、まだ残っているんだよ。」

"

MOTHER2は全編これ名言だらけで困る。

MOTHER応援ページ (via wizardblue)

"野蛮でないと教養が出せないのと同様に、
知性がないと色気が出ないのと同様に、
享楽的であるにはパワーが要るものなのだ。"
"

『昔よりも面白くない』なんてもの、テレビ以外にもあふれてないか?先週お伝えした逗子海水浴場のニュース。

あまりにもお客さんの…特に若い男女のマナーが悪いという苦情が相次いだらしい。このままでは、安心して子供を連れて行けない、と。

逗子市は逗子の海岸を「日本一安全でマナーのいい浜辺」として利用できるようにしよう!と決断。結果…

・酒はダメ
・刺青は論外
・音楽もかけちゃダメ

逗子海岸は今年施行された法律により、日本一、間違いなく「マナーが良く」「子供にも安心して楽しめる海岸」へと生まれ変わった。

そして、大きな問題が発生した。

海開きは7月1日。そこから2週間がたち、逗子海岸お訪れたお客さんは1万3千人。

去年の同時期は…

7万4千人だった。

なんと、客が激減。7分の1の客数では周囲の海の家や旅館は立ち回らない。そう。

地元の観光協会やホテルなどが逗子市を相手取って裁判を検討し始めたのだ!

一体何故?

マナーがいい方がいいんじゃないのか?

親子で安心して遊べる方がいいんじゃないのか?

しかし、行政が良かれと思ってやったことは、逗子海岸が「見捨てられた海岸」となる結果をもたらした。。

答えの一つはここにあるように思える。

人間は…もっともっと、リラックスして生きている。ダメなことはダメだ。が、その…ダメなことをしちゃうことも受け入れながら生きているのだ。人間はバカで、だらしなくて、だからこそ愛すべき存在で、だからこそ楽しさや苦しみがあるのだ。

人間が生きる生活には…本来もっと『のりしろ』があるべきなのだ。

そして、多くの人間はそんなこと、とっくの昔に知っていて、だから人間みんな、うまいことやりながら許し、許され、生きている。

ダメなことはダメだ。その通り。

が、実は人間はそうは言いながらもう少しリラックスして生きるものだし、ダメなことを許容しながら生きている。逗子海岸はそこをあまりにもきっちりと線引きをした。

やだよね。そりゃあ。そんな堅っ苦しい海岸。僕でもやだ。さすがに海なら酒くらい飲みたいし。

なので誰も行かなくなった。可哀想だが、逗子海岸周辺の海の家やホテルは経営はもはや成り立たないだろう。いくらなんでも客数7分の1位になると…もうやってはいけないだろう。可哀想だが、たたむところが続出するだろう。

そして裁判も勝てないだろう。

逗子の海岸を良い方向に持っていこうと考えた行政に罪はない。事実、苦情は山ほど来ていたのだから。と、言うか、むしろ「安全な海を作りたい」の方がよっぽど正論だからだ。正論が…正論すぎて息苦しくなったのだ。

"